2013年2月26日火曜日

陽はまた昇る。


受験の山場を迎えているからでしょうか、ここ最近、当ブログの閲覧者数が急に増えました。もちろん、せっかく書いている以上はたくさんの方に読んでいただきたいと思っておりますので、たいへんうれしい気持ちです。



さて、千葉県の公立高校は前期入試がすべて終わり、あとは後期入試を残すのみとなりました。前期・後期に分けるこの入試制度は、2年前から始まり今回が三度目ですが、今のところは成功しているとは言い難く、いろいろな意味でたくさんの中学生たちを傷つけ、悩ませております。はっきり言いまして、これは今すぐにでも改変するべきです(変えるという噂はありますが)。


さらに言いますが、内申書の評定合計の調整、あれもたいへん問題のある制度です。評定合計の調整とは、評価の方法が絶対評価になって以降に採用されたシステムですが、要は

①その中学校には成績に4や5がついている子が多い
       ↓
②その学校の教師は甘い者が多いに違いない
       ↓
③それで有利になってはいけないので、その学校の生徒全員の内申点を下げます

というものでして、もちろんその逆のパターンの場合には内申点が上乗せされますので、実質この制度のせいで、一番極端なケースでは、スタートからおおよそ20点もの差がついてしまいます。


では一見、公平を目指したこの制度、何が問題なのかというと、それは良い成績が多い学校には、実際にレベルの高い生徒が多く、教師は決して甘い評価をつけているわけではない、ということです。もちろん中学校は山ほどありますので、中には甘い学校もあるのかもしれません。しかし “甘い評価は受験で損をする” というのはもちろん教師もわかっていますから、普通はわざわざ狙って甘くはしません。実際に優秀だから、成績に4や5をつけるのです。


要するに上記の②は、完全な誤解であり、さらに言えばこれは文科省や教育委員会の怠慢。実際に優秀な生徒の多い学校なのか、単に生徒に甘い学校なのか、それくらいはきちんと調べようと思えばできるはずです(学力テストの結果を調査する等)。その御上の怠慢の結果、成績優秀な学校ほど入試では完全に損をしており、その学校の生徒たちはなかなか受験がうまくいかず・・・。テストを受ける前から20点ものビハインドがあるなんて、実際にそんな不利な状況でテストを受ける生徒たちの気持ちを考えると、本当に腹の立つ最低・最悪の制度だと思います。



こんな怒りの文章を書くと、当スクールの生徒の多くがこの制度のせいで涙をのんだ、と思われるかもしれませんが、そのようなことは全くありません。単純に、現行の制度に不公平感と不条理を感じるため、私は非常に頭に来ているのです。中学校の教師の中にも、このおかしな制度に怒りを感じ、戦おうとしている方はいないのでしょうか? これでは不公平だからと、御上の方針に背き、内申点の計算方法を変えようという高校は、出てこないのでしょうか?



・・・と、怒り続けたところで後期入試は変わらないままやって来ますので、これくらいにします。




最後に、前回のブログで挙げた映画 “桐島、部活やめるってよ”、映画自体も最高に素晴らしかったのですが、エンディングに流れた曲にも私は同じくらいに感動しましたので、ここに歌詞を抜粋して記載します。よかったらyoutube↓で聴いてみてください。


高橋 優 「陽はまた昇る」

【自分だけが置いてけぼりを喰らっているような気がする
  誰かがこっちを指差して笑っているような気がする
  同じような孤独を君も感じてる?
  愛も平和も何もかも人事のように聞こえる淋しさを・・・

  後ろから「早く行け!」と急かされながら前に踏み出してる
  前の人が「押すな!」と言わんばかり振り向き様こっちを睨んでる
  同じような窮屈を君も感じてる?
  不幸せばっか拾い集めなきゃいけないような淋しさを・・・】



後期に臨む受験生!

孤独なのは、君だけじゃないぞ!!

陽学舎の講師陣も、友人たちも、みんな君を応援している!!


がんばれ!!!



2013年2月18日月曜日

青春って、いいなぁ。


千葉県公立高校の前期入試が、13日に終わりました。合格発表は、明日です。前期入試は募集定員が全体の60%で、平均倍率は1.85倍でしたが、千葉県では偏差値が高い学校ほど倍率も高い、という傾向がありますので、当スクールの生徒たちの受験校の平均倍率は、おおよそ2倍くらいでしょうか。


よって現実的には、明日に進路が決定する者は全体の半分ほどになると思われますが、もちろん私は陽学舎の生徒、全員の合格を、心より祈っています。そして後期入試に挑むことになる生徒たちには、残りの9日間、私は最後の追い上げのサポートを、全力でさせていただきます。




さてここからはカジュアルモードで、人称も “僕” といたしますが、僕はプライベートでは、相も変わらず映画を観まくっています。先日は 「桐島、部活やめるってよ」 という邦画を、DVDで観ました。こちらは僕と同じく映画好きの友人が、昨年大絶賛していた作品でして、僕もスクリーンで観たかったのですが、なかなか機会がなく。そして待ちに待ったDVDが先日ようやく発売されたため、やっと観ることができたのです。


















・・・この映画、友人の言う通り、本当に素晴らしい作品でした。僕がこれまでに観た邦画の中では、ナンバー1かもしれません。そもそも僕は、邦画はあまり観ていませんけどね。先日当ブログで発表した、2012年の私的映画ランキングでも、1位か2位に入れたいレベルです。



映画は、どこにでもありそうな高校の、どこにでもいそうな高校生たちによる、何てことのない日常を切り取っているだけです。ストーリーは無きに等しい。映画タイトルの通り、桐島という名のクラスの人気者が、部活を辞める。出来事はそれだけなんです。ちなみにその桐島くんは、映画には登場しませんので、観客にはどんな人間かはわかりません。


では何が素晴らしいって、映画に描かれる高校生たちの生活が、とことんリアルで心に突き刺さるのです! 物語に主人公らしい主人公はおらず、10名ほどの男女の学生を中心に描いているのですが、その10名の行動や感情が、まさにいわゆる青春の1ページなのです。


とにかく必死に部活に打ち込んでいる、“夢を追う” 生徒たち。

部活なんてバカバカしいと、遊びと恋愛にのめり込む、“自由人” の生徒たち。

人間関係が苦手で、自分の世界の限られた範囲内に居場所を探す “オタク” な生徒たち。


“自由人”グループの中にも、部活人間やオタクたちを本気でバカにしている者もいれば、心の中で 「俺、なにやってんだろ・・・」 と、自分自身に呆れている者もいます。その者は、夢を追うことの虚しさに気づき、恋や遊びの甘美さを覚え、そちらに溺れたわけですが、必死に夢を追う者たちの美しさというものを、忘れてはいないわけです。そして逆に、部活に励むだけの者たちは、自由や恋愛に憧れ、それを堪能する者たちを羨んでいる・・・。


リアルです! とことんリアルな青春時代が、ここにあります!! “夢” や “恋”、イケてる者が上でオタクは下~というような、学生特有のあの謎の “ヒエラルキー”、さらに “嫉妬” や “虚無感” 、“虚栄心”・・・そんな学生時代の青春の思い出が、すべて詰まっています!! ここまで共感のできる映画は、かつてなかった! 本当に素晴らしい!!


・・あの頃は、いい時代だったなぁ・・・と、しみじみと思いました。小・中学校の学生たちには、これからこの甘酸っぱい時代が、本格的に始まるわけです。 羨ましいぞ、君たち!!



夢を追いかけるのを諦め、頑張るのをやめて、違った形での人生の楽しみや喜びを見つけることは、決して悪いことではありません。何よりも一番よくないのは、頑張っている人間を笑うこと、です。この映画でも、頑張っている他者をバカにする者のみ、冷やかな視点で描かれています。君が頑張るのをやめるのであれば、頑張り続ける者たちを尊敬し、応援する心を持ちましょう。


必死に夢を追うも良し、イケてる人間?になって恋に邁進するも良し、自分の趣味の世界を突き進むも良し。とことん悩んで傷ついて、全力で戦って戦って、それでもうまくいかなくて虚しくなってやめて、でも後悔してまた戦って・・・陽学舎の生徒たちにも、学生のうちにそんな経験を、たくさん積んでほしい!!



君にも最高に素晴らしい高校時代が、きっと待っているぞ!!

最後まで必死に、がんばれ、受験生!!!



2013年2月11日月曜日

力を出し切る!


もう遅い時間になってしまいましたので、今夜中にこのブログを読む受験生はほとんどいないでしょうが(いたら早く寝ましょう)、明日からは千葉県公立高校の前期入試です。


中には自信のある者もいるでしょうが、陽学舎のほとんどの生徒は安全圏への受験ではなく、“ややチャレンジ” な受験ですので、どちらかというと不安な気持ちになっている者が多いと思われます。



私が担当した生徒には言っておりますが、受験というものはポジティブな考え方の者の方が有利です。たとえば数学のテストで 「解けた!」 という手応えが全くなく、「こりゃやっちまった!」 となったとしても、「失敗した・・・ヤバい!」 という気持ちを後々まで引きずってしまうと、他の科目までその悪い流れに巻き込まれます。それはもちろん、願わくば避けたい事態です。


テストで良い手応えがなかったとしたら、「自分の周りにいる他の生徒たちも、きっと似たようなもんだろう」 と考えるのです。休み時間に周りを見て、みんなに余裕があるように感じたら、「本当は余裕がないのに、みんな強がっているんだ」 と捉えるのです。


実際に高校入試では、同じ学校を受験する生徒たちの出来はみんな、似たようなものです。10点~20点の間で、大多数が勝負をしています。君がうまくいかなくてガッカリしたとしたら、そのテストはそれだけ難しかったということですから、まわりの受験生たちも同じくらいに、ガッカリしています。



今日まで精一杯がんばった、という者もいれば、気がつけばなんとなく受験当日を迎えてしまった、という者もいるでしょう。どちらにしても、明日の試験では今現在の君の実力を、出し切るだけです。大切なのは、この 「実力を出し切る!」 こと以外の気持ちをすべて封印し、とにかくそれに徹すること。君の実力ならば本来は解けるはずの問題を、心の乱れから落とすことだけは、絶対に避けましょう。




陽学舎の生徒たちが、みんな志望校に合格しますように!!


がんばれ、受験生!!!



2013年2月1日金曜日

信頼関係という名の幻想。


寒い日が続いています。巷ではインフルエンザやノロウィルスが猛威を奮っているようですが、今のところ陽学舎の生徒たちに大きな影響はなく、ほぼ全員、元気な顔で通ってきてくれております。特に中3生は皆、元気にしておりますので、このまま公立高校入試本番までは自身の体調の管理にも、しっかりと気を配りましょう。




さて今日は、最近ニュース等でよく耳にするキーワード、“体罰” についての話をします。



私は 「体罰などあってはならない」 という考えの持ち主ですし、子どもたちの教育に携わるようになって10年、当然これまで一度も生徒に手を上げたこともなければ、そんな気持ちになったことすらありません。体罰も時には有効だ・・・と主張する方もどうやら日本には多いようですが、それには共感も理解も全くできません。


私は高校時代、剣道部に所属しておりました。剣道はまぁ、言ってしまえば不人気なスポーツですから、部員は同学年で私ともう1人、たったの2人だけでした。1学年上下の先輩・後輩は、5人ずつ位はいましたが。そしてその剣道部の顧問が、おそらく学校で一番強面であり、実際に学校中の生徒・教師が総じてビビッているという、そんな最恐の体育教師でした。


サッカーなどの球技の部活の顧問が体罰をすれば、それは誰が見てもすぐに分かる明らかな体罰ですが、格闘技における体罰は、表面上はいちおう “稽古” という扱いになるので、最悪です。とにかくボッコボコにされますし、蹴りを入れられたり、わざと防具のない所を竹刀で叩かれたり、本当に酷かったです。

それもまだ、“試合に負けた” や “気合が入っていない” 等の、こちらに少しでも罰を受ける要素がある時はまだよいのですが、明らかにただ顧問の “機嫌が悪いだけ” という日もありまして。顧問が不機嫌な表情で防具を着け出した瞬間の、あの絶望感といったら・・・。ドラクエでセーブパスワードのミスに気付いた瞬間の、100倍くらいはあったかと思います(例えが古くてすみません)。


いまだに当時のあの顧問を思い浮かべると、恐怖で身が震えます(大げさですが)。私は運動神経に優れてはいませんし、剣道もはっきり言って弱かった部類に入りますので、その稽古によって自身が鍛えられた、という実感は全くありません。まぁ、精神力は多少は鍛えられたかもしれませんが、それは激しい稽古から来たものではなく、顧問の理不尽に耐えぬいた、という所から来ているのだと思います。



体罰を肯定する者には、過去に体罰を受け、それによって自身やチームが強くなった、という経験があるのでしょう。昔、自分は体罰に耐えられた→耐えられない者は弱者だ→よって自分は強い人間だ・・・という、一種の自己肯定であり、自己陶酔であると、私は考えます。そして、体罰肯定の者が受けてきた体罰は、教師と生徒、両者の間に信頼関係があった上でのものだったのでしょう。私は当時の顧問のことが大嫌いでしたから、当然信頼関係などあるはずがなく、感謝の気持ちも全くありません。


では信頼関係がある上での体罰が是か非かというと、これも完全に非であると、私は考えます。そもそも、信頼関係が本当に成立しているかどうかなど、教師にどうやってわかるのでしょう? 教師が体罰をして、それに対して生徒が “ありがたい” と思うか、“許せない” と思うか。超能力者でもなければ、そんなもの読めるはずがありません。「お前(生徒)と俺(教師)には信頼関係がある」や「愛するが故に手を出す」というのは、完全に教師の側からの押し付けであり、そうやって体罰にしか頼れない無能な自分を、肯定しているだけです。


桜宮高校バスケ部の顧問も、全日本女子柔道の監督も、そこに大きな勘違いがあったと考えます。“信頼関係” という幻想に頼りきり、驕ってしまったわけです。 “信頼” は、相手から自然に発生するもので、押し付けるものではありません。ただし、もちろんこの二方だけにたまたま問題があったわけではなく、まだまだ日本中に体罰をしている教師は、たくさんいるはずです。よってこの二方ばかりをバッシングする今の世間の風潮は、いかがなものかと思います。



あの剣道部の顧問も、私とは信頼関係が成立していると、思っていたのでしょうか? 思っていたのだとしたらそれは大きな勘違いですし、思っていなかったとしたら、あれはただの暴力だったわけです。今は私は一教育者として、顧問のことは “あんな人間にだけは絶対にならない” という、いい反面教師にさせていただいております。



2013年1月25日金曜日

イスラムの世界。


先週は、千葉県のほとんどの私立高校で入学試験がありました。合格した生徒は、今は 「とりあえず安心・・・」 という気持ちでしょう。しかし本当の勝負は来月、その日まではあと20日間もありません。このまま気持ちを切らさずに、よりいっそう全力で駆け抜けましょう。




さて、いきなり話は変わりますが、最近の世界的なニュースで気になることと言えばやはり、アルジェリアでの外国人人質事件です。といっても私は現在、家でテレビを全く観れず(アンテナの問題で)、この事件の情報のほとんどはインターネットで仕入れているだけでして、特別詳しいというわけではありません。よってこの事件について、私は専門家や学者のように見解を述べることはできませんので、私なりの経験も踏まえた今の気持ちを、ここに書きます。



私は、2008年~9年に世界一周をした際に、中東にも訪れています。期間としては合わせて2カ月ほど、トルコからシリア・レバノン・ヨルダン・エジプトを訪問しています。エジプトからはアフリカ大陸の上部、地中海沿いのラインを東から西へと旅する予定でしたが、リビアのビザをどうしても発行してもらえず、リビア・チュニジア・アルジェリア・モロッコには入れませんでした。



みなさんはイスラム諸国に対してどういうイメージをお持ちかわかりませんが、イスラムと聞くと”テロリスト”などという、マイナスの連想をする方も少なくはないでしょう。実際今回も、イスラム教の国で、イスラム教徒のテロリスト達の手によって、たくさんの異国人が殺されてしまったわけですし。しかし私がイスラム諸国で出会った人々は、本当にみんな信じられないほど親切で、異国から来た私を、心から歓迎してくれました。


インド等では「日本人=金持ち」からくる親切だったりもしますが、これらの国の人々はひたすらに純粋な親切。誰かに道を聞けば、ほぼ100%の人が目的地まで連れて行ってくれますし(たとえ一時間以上かかろうとも)、レストランに入れば、「遠くの国から来てくれてありがとう」と言って、料金をタダにしてくれたりもしました。そして何よりもうれしかったのは、道を歩いているだけで、そこら中の人々から「ウェルカム!」と声をかけられることです。「ウェルカム」と叫ぶ子供達に囲まれることは何度もありましたが、何かを「恵んで!」と言われることは全くありませんでした(エジプトを除いて)。


ただし、中東の国々で私がこんなにも歓迎されたのは、私が “日本人だから” という要素が大きいように感じました。シリアで仲良くなった現地の友人達と話していた時に実際に感じたことですが、彼らの日本に対するイメージは、ひとえに ”原爆を落とされた国”。よって彼らは、日本人は今でもアメリカを憎んでいると思い込んでおり、そこに共感があり、仲間だと信じているようでした。私はアメリカへの憎悪など持っておりませんし(不満はあれど)、それは大多数の日本人も同じかと思いますが、しかしそれを言ってしまうと、友人が私(や日本人)に敵意を覚えてしまうのではないかと思い、何も言えませんでした。



要は、イスラム諸国の人々のほとんどすべては、理由に誤解は感じるものの、日本人には非常に友好的で、親切な方ばかりだということです。イスラム諸国→テロリスト→怖い・・・ではないのです。私のイメージは、イスラム諸国→親切→素晴らしい国・・・なのです。訪問経験のある者は、全員と言っていいくらい皆、そうなっています。



そんなイスラム諸国のアルジェリアという国で起きた人質事件、何が本当の目的だったのかは諸説ありますが、とにかく私は非常に残念に思っています。一切の慈悲すらなく、たくさんの人々が殺されたことがショックですし、一部の過激派テロリストが起こした暴挙のせいで、中東諸国のイメージがまた、地に落ちたと感じます。本当に、あの国の人々は、素晴らしい方ばかりなのに・・・。



私にはアメリカ人の友人もおりますが、サダム・フセインといえば極悪独裁者、ウサマ・ビン・ラディンといえば悪のテロリスト・・・そしてそれを殺したアメリカはヒーロー。そんな考えの者ばかりです。実はフセインは多くのイラク人にとっては英雄だった、ということは知らないですし、知ろうともしません。


テロ=悪、テロリスト=抹殺するべし、こんな単純な問題ではないと、私は思うのです。イスラム諸国のテロリスト達の激しい怒りがどこから来ているのか、それを考えもせずに、ただその行いのみを責めてしまっては、何の解決にもなりません。そして今後も、永遠にテロとの戦いは終わらないでしょう。日本人、特にこれからの未来を担う若者たちには、「テロリストは許せない!」で思考を止めず、いったい何が問題なのか、なぜそのようなことが起こるのか、そこまでを考え、知ろうとする人間になってほしいと願います。




先日、シリアのアレッポという大きな街にあるアレッポ大学で爆撃があり、83人が犠牲となりました(シリアは今、内戦状態です)。実は先ほど挙げたシリアの友人とは、この大学の学生でして、何度も訪問し、たくさんの学生と交流した、私にとっては思い出の場所であります。友人達はもう卒業しているはずですので、無事だと思いますが。

アルジェリアやシリアで犠牲になった方々を追悼すると共に、イスラム諸国の安全と平和の実現を、心より祈ります。



2013年1月15日火曜日

雪だ!!


僕は日本の四季の中では、冬が最も好きです。なんだか一番、“居心地のいい季節” という感覚があります。冬に生まれたのが、原因の一つなのかもしれません。



夏の暑い日にクーラーの効く涼しい部屋に入っても、あまり気持ちいいとは思いませんが(そもそもクーラーは嫌いなので、家にありません)、冬の寒い日に暖かい布団に入る、あの瞬間といったら・・・。これ以上の気持ちよさはないんじゃないかって位に、幸せな気分になれます。



冬に関係する物や出来事は何でも好きなので、雪も大好きです。そして昨日、おらが町にも、この冬最初の、待ちに待った雪が、やっと降りました!!




















朝から雨だったので、お出かけの予定をキャンセルし、僕は一日中を家で過ごしましたが、その雨がいやぁ、あんな大雪に変わるとは! 白雪の舞う庭先を眺めながら、のんびりと読書をしていましたが、30分に一度くらいは外に出て、どの位積もったのかの確認をし続けちゃいました!!

昼の勢いならば、これまでに千葉では見たことのないレベルにまで積もりそうだったのですが、朝起きた際にはややガッカリ・・・。まぁ、積もり過ぎたら積もり過ぎたでいろいろ大変でしょうから、この程度で済んで良かった、とも思います。




よって今日は陽学舎の前にも、たくさんの雪が積もっておりましたので、僕は出勤早々、前の通りの雪かきをしました。僕は雪が好きならば雪かきも好きなので、久しぶりのこの作業は、非常に楽しかったです。

その最中、たまたま通りがかった生徒のご父兄の方と、ご挨拶をする機会が何度かありました。また、道を行く面識のない方々とも、「お気をつけて~」「ご苦労様です~」等の会話が自然に発生し、なんだかほっこりとした、気持ちのいい時間を過ごせました。


真っ白な佐倉





















2013年1月7日月曜日

もう7日ですが・・・


皆さま、新年あけまして、おめでとうございます。今年も私、ならびに陽学舎個別スクールを、よろしくお願いいたします。



陽学舎では、12月23日~昨日まで、冬期講習を開催しておりました。クリスマスやお正月など、イベント事が多いこの時期は、一般的には勉強がおろそかになってしまう生徒が多いのですが、今年の生徒たちは例年以上にがんばっている、という印象を受けました。相変わらず自習室があまり活用されておらず、その点は残念でしたが、受験生は自宅学習をしっかりしているという者が多く、全体的に意識のレベルは高い、と感じました。


本日からは、通常授業が再開となります。冬期講習の振替え授業は、すべて通常授業コマ内のどこかでの開催となりますので、生徒と日時を相談の上、今月中を目処に振替えをさせていただく予定です。




さて話は変わり、ここからは趣味の話をいたします。受験直前のこの時期に、勉強の話を書かないとは・・・とお叱りを受けるかもしれませんが、受験直前の今だからこそ、生徒に過度なプレッシャーを与えないよう、実は私は受験生に対し、最近はあえて “勉強しなくちゃいけないぞ” の空気を出しておりません。もちろん、いまだに寝惚けているような受験生に対しては厳しく指導しますが、ちゃんと走り始めることができている生徒に対しては、やる気の面でのプレッシャーはかけません。

ご家族の皆さまにもぜひこのスタンスを共有していただければ、と思いますが、受験生がこの時期に周りから 「もっと勉強しろ」 と言われるのは、むしろ大きなストレスとなり、マイナスです。明らかに勉強量が足りない生徒を除き、あとは本人の全力疾走のサポートに徹しよう、と私は考えております。よろしくお願いいたします。




さて・・・趣味の話をすると言ってから、しばらく経ってしまいました。まぁ私の趣味といえばやはり映画鑑賞でして、2012年は100本近く(DVD含む)は観たかと思います。


というわけで、せっかくなので、ここで超個人的な2012年の公開映画ベスト10を発表したいと思います。()内は、映画の製作国です。



10位

デビルズ・ダブル -ある影武者の物語- (ベルギー)

ただ似ている、というだけでサダム・フセインの息子の影武者をすることになった主人公が、人生をムチャクチャにされる。そこからの復讐劇は、エンターテイメントとしても、サスペンスとしても、とても楽しめました。実話ベースの物語で、イラクという国の勉強にもなります。


9位

ヘルプ ~心がつなぐストーリー~ (アメリカ)

世間での評価が高すぎる気もしますが・・・まぁ、誰にでも薦められる、ストレートな優良作品。黒人差別と闘う人々の、“どうせ何も変わらないわよ・・・→ 私たちが変えなきゃ!” と心境が変化していく、その過程の描き方が丁寧なうえに上手く、気持ちがいいです。


8位

アニマル・キングダム (オーストラリア)

とにかくラストが秀逸。演出や間、カメラアングルまでも最高で、そこだけ何度も見直してしまいました。母親の死で身寄りがなくなった青年が引き取られた先が、凶悪犯罪一家だった、という話。かなり暴力的な内容ですが、あえてトーンを抑え、いわゆるハリウッド的な派手さが全くないのも好印象です。


7位

ファミリー・ツリー (アメリカ)

アメリカ映画ですが、これまたハリウッドっぽさは無し。事故で主人公の最愛の妻が瀕死となり、その看護の最中に妻の浮気の事実を知る・・・というお話。ユーモアを交えながら淡々と展開が進みますが、“家族とは?” “人生とは?” などと、いろいろ考えさせられます。



6位

哀しき獣 (韓国)

何をやってもうまくいかず、騙され、裏切られ・・・そんなどん底でもがき苦しみながらも、しかし希望を失わない主人公の生き様を見て、精神がヒリヒリしました。この監督は、アクションやサスペンスを交えながらもしっかりと人間を描くことのできる、本当に才能がある方だと思います。



5位

ダークナイト ライジング (アメリカ)

一転、こちらはゴリゴリのハリウッド大作。説明無用、やはりここまでスケールが大きいと、とにかく圧倒させられます。しかし先日、DVDで再び観たらイマイチだったので、3位から5位に格下げしました。やはりハリウッド大作を観るなら、映画館ですね。エンタメとしては文句なしの出来ですが、今回の敵役のベインは前作のジョーカーに比べれば、まるで魅力がなく。悪は悪で、とことん突き抜けていないとつまらないです。


4位

ぼくたちのムッシュ・ラザール (カナダ)

過度なストーリー展開・演出・説明は、一切なし。ひたすらに淡々と、丁寧に “人間” を描いております。感動のラストシーン→あっさりエンドロール、の流れも、潔くてよかったです。一人の人間としても、教育に携わる人間としても、深く考えさせられる作品でした。


3位

別離 (イラン)

登場人物は善良な者しかいないにも関わらず、偶然の事故による勘違いや擦れ違いで人間関係が崩壊していく様が、非常にリアルで心に突き刺さりました。そしてその結果、一番傷ついていたのは子どもたちだった、という・・・。脚本としては、2012年のNO.1の作品です。


2位

孤島の王 (ノルウェー)

おもしろかった!! これまた説明的な要素は全くと言っていいほどなく、物語の “裏で何が起きたのか” は完全に想像するしかないのですが、そのバランスが実にうまい。2時間スクリーンに釘付けで、ついに反乱!の際には興奮しっぱなしでした。


1位

最強のふたり (フランス)

2012年のベストは、結局のところ、この映画です。くわしくは、9月26日の当ブログのエントリーを、ご覧になってください(手抜きではないですよ)。




・・・邦画が1本もないです。私は別に邦画嫌いなわけではありませんが、お金を出してまで観たいという作品がほとんどなく、去年はDVDで5本ほど観ただけですね。日本の映画界には、がんばってほしいと思ってはいるのですが。



2013年も私は映画を観まくるつもりですので、去年以上にたくさんの名作に出会えることを、期待しています。とりあえず今月は、“レ・ミゼラブル” と “LOOPER”、さらに “駆ける少年” を、劇場にて鑑賞する予定です。