2013年6月7日金曜日

“親vs子” を理解する映画。


今日も気持ちの良い青空で、すっかり暑いです。関東地方では先月末に梅雨入りが宣言されたというのに、梅雨の空はどこかへ行ってしまったようですね・・・。正式発表にはなっていませんが、どうやら先月末のしとしと雨は、梅雨ではなかったようです (梅雨のはしり、というそうです)。



もちろん陽学舎は、天気など全く無関係。毎日元気よく、授業をしています! 生徒たちは4月に学年が変わり、5月には修学旅行があったりでドタバタしていましたが、気がつけばもう、テストのシーズンです (南中に至っては、もう終わってしまいました)!! 今年の近隣中学校の第一回定期テストは、中学校ごとの日程がまるで違く、5月末~6月は毎週末にどこかの中学校でテストがある、といった状況です。


以前からしつこいほどに言っておりますが、受験生は “学校の定期テスト=私立入試” です。本当に、驚くほどに、内申点(通知表の成績)だけで合格がほぼ100%決まります。私立高校が第一志望の生徒はもちろんのことながら、たとえ滑り止めであっても私立校への受験を検討している者は、とにかく必死になって、ひたすらに勉強しましょう!! これが高校受験への最初の加速ポイントです! ここで一気にスピードに乗って、そのまま受験を走り切るのです!!!




さて話は変わりまして、僕は家では相変わらず映画ばかりを観ている毎日ですが、先日、なかなか魅力的な作品に出会いました。

“ローラーガールズ・ダイアリー” という、2010年公開のアメリカ映画です。



















僕は当ブログでは、普段は “僕が観ておもしろかった映画” を取り上げていますが、この映画はどちらかというと、陽学舎に通う生徒たちや、そのご家族の皆さまに観ていただきたいと、強く思った作品です。


ストーリーは王道といえば王道でして、17歳の少女がローラーゲーム(ローラースケートを履いて競争し、得点を競う、チームスポーツ)に出会い、その魅力にハマり、トレーニングを重ねながら、人間的にも大きく成長していくという物語です。ローラーゲームというスポーツは僕は初めて知りましたが、単純にそのスポーツ自体、観ていて非常にエキサイティングで楽しいものでした。スポーツとはいうもののどこかプロレス的な要素があり、乱闘があるわ、ノリノリの実況がいるわで。個々の選手にはリングネームのような名前がついていて、それらをひっくるめてエンタメとして、とても面白かったです(主人公のスケートネームは、ベイブ・ルースレスです(笑))。


この映画で特に素晴らしいのは、主人公の心の成長と、両親との関係を、非常に丁寧に描いているところです。主人公はまさに思春期の真っただ中におり、心は自分の未来に対する期待と不安と責任とが入り混じって、いっぱいいっぱい。“もうすぐ大人になってしまう” という現実と、必死に戦っています。対して彼女の両親は、自分たちの過去の失敗を娘にはさせたくないという思いから、娘の行動にとやかく口を挟み、両親にとっての “理想の娘” であることを強要します。


・・・リアルです。僕が陽学舎の教室長になってから、たくさんの生徒たちやそのご両親と接してきましたが、この映画のこのようなご家庭は、たくさん見てきた気がします。


思春期の子ども達の 「私は親の持ち物じゃない!」 も、その親の 「こうしないと幸せになれないわよ!」 は、僕はどちらも正解だと考えますし、どちらも否定するようなものではありません。僕が子供の頃、僕の両親はあまり自分の考えを押し付けるようなことはありませんでしたが、それでもたまに 「あぁしろ、こうしろ」 と言われたときには、僕も強く反発していました。しかし今になって考えると、親が僕に言っていたことはほとんどが正解でしたし、的確なアドバイスだったと思います。


しかし 「だから子ども達は、親に言われた通りに生きよう」 とは、僕は全く考えません。むしろどんどん、反発してもいいと思います。親の考えに反することをたくさんやって、たくさん失敗して、とことん失敗を重ねてから、親の正しさに気付く。成長とは、そういうものだと思います。


ここで言う親への反発とは、親「勉強しなさい!」、子「や~らない !!」というケースとは違いますよ。それは子ども側の甘えであり、ただの怠慢です。この映画では親の「女の子らしくしなさい」「ローラーゲームなんて不良の遊びよ」に対して、子の反発は 「私が楽しいと思うことをして、何が悪いの!?」 というものです (勉強はちゃんとしてます)。しかし、主人公の少女は反発しながらも、親の気持ちもよく考えており、理解がないわけではありません。親は親で、楽しそうにスケートする娘の姿を見て、娘の楽しみを奪うべきなのか・・・という葛藤があります。


結局この両親が選んだ判断、そしてそのご褒美のように、母親のもとに降りかかった感動。親と子の、普遍的な問題をリアルに切り取った、素晴らしい映画です。

この映画を観れば、子どもはきっと 「少しは親の言うことを聞こうかな」 という気持ちになりますし、ご両親は 「子どもが言うことを聞かなくても、楽しそうに一生懸命に生きているのなら、それを応援しようか」 という気持ちになります。

ぜひ、皆さまにも観ていただきたいです。



2013年5月31日金曜日

人、それぞれ。


最近、当ブログは更新頻度が少なくなった代わりに、一つ一つのエントリーがかなりの長文になってしまっております (どうもすみません)。週1ペースでの更新は守りたいと思っているのですが、書き始めるとなんだかんだで熱が入ってしまい、なかなか書き終わらせることができないのです。というわけで今回、たまには気楽に、書き記そうと思います。



先日、インターネットをウロウロしておりましたら、とあるサイトで、“お風呂のバスタオルは毎回替えるか?” という議論で盛り上がっていました。まぁ、その議題自体は実にくだらないものだと私は思ったのですが、そのサイトではけっこう、ケンカに近い過激なやりとりが行われていました。



私は独り暮らしですので、毎日洗濯をするような余裕も必然性もなく、洗濯はおおよそ週に一度、一週間分をまとめて洗います。バスタオルもその際に洗濯機に突っ込むので、要するに私は同じバスタオルを、だいたい一週間は使い続けています。


ちょっと興味を持ったので、さらにネットを彷徨ってみたのですが、この“日本人のバスタオル交換の頻度”、いろいろなサイトの統計 (とっているんですねぇ・・) をざっくりとまとめると、だいたい

毎回                   40%
2~3回は使う             20%
一週間くらい使う            30% 
もっと使う (気が向いたら洗う)    10%

といった感じでした。ほとんどのサイトで、「毎回替える」 の割合が一番多いという結果でしたが、「複数回使う」 グループをすべて足せば、「毎回替える」 を越えています。

ちなみに外国で一番多いのは、「一週間くらい使う」 のようです。私の海外経験としても、実際に日本以外の国の人が、バスタオルをしょっちゅう替えていたような印象は、あまりありません。


・・・と、ここまで調べ&語った上でなんですが、僕はこんなもの、別にどっちだっていいと思うのです。前出のネットサイトでは、“毎回替える派” の人は “複数回使う派”の人に、「不潔だ!」「ありえない !!」「気持ち悪い !!!」 と、言いたい放題。対して “複数回使う派” の人は、「潔癖症か !?」「水の無駄だ !!」「バスタオルのレベルで汚いってぇのなら、枕カバーやシーツも当然毎日替えてんだろうな !?」 という応酬。・・・う~ん、どっちもどっちだなぁ。


衛生観念や生活スタイルなんて、人間みんな違うのですから、他人が口を出すものではないと思うのです。何時に寝たって、何を食べたって、何を着たって、本人がそれを選んだのならば、それでいいじゃないですか。

人は、それぞれ。「私はこう考えるので、こうします」 で、おおいに結構! 「まわりに合わせよう」 な生き方では、つまんないですよ!! みなさん自信を持って、自分のスタイルを貫き通しましょう!!



2013年5月28日火曜日

子ども達の学力。


まぁまぁ暑いです。あっという間に、夏が近づいてきました。以前にもこちらに書きましたが、私は夏よりも冬の方が好きなため、あまり夏が待ち遠しくはありません・・・。家にはクーラーがないですし。愛犬と遊ぶのも暑苦しくなりますし。



さて今回は、私が率直に感じている現在の子ども達(小学生~中学生)の、学力についての話をします。この “子ども達” とは、陽学舎に通っている生徒だけに限った話ではなく、今現在の子ども世代、全体に通じる話です。


私が先日のゴールデンウィーク中に会った友人の内の一人は、今は小学校で先生をしています。私は塾講師、彼は小学校の教師、共に教育に携わる者として、この “今の子ども達” 論は、そこで非常に盛り上がった話題でした。そして、私と彼の、お互いの意見、お互いが普段から感じている “今の子ども達の現状” は、だいたいが共通しておりました。よって、私が捉える現代の子ども達像は、おそらくはさほどズレのないものかと思いますので(たった二人の意見が一致しただけですが)、それを今回書き記そうと思います。



巷では “最近の子ども達は学力が低下している” とよく耳にしますが、まずはっきり言いたいのは、“それは捉え方による” ということです。

皆さんは、PISA (学習到達度調査) というものをご存じでしょうか? こちらは世界中の子ども達 (15歳) を対象に3年に一度開催され、国ごとの学力を調査するためのペーパーテストでして、その結果はもちろん公表され、要はこれによって “世界のどの国の子ども達が、頭がいいのか” が、はっきりとわかります。


そのPISAの調査結果の、日本の順位の推移は、

           2000年    20003年    2006年 

総合読解力:  世界 8位  →   14位  →  15位 
数学的思考力:     1位  →    6位  →  10位
科学的思考力:     2位  →    2位  →   6位

とあり、明らかに低下している・・・と、データを見る限りはそう感じるかもしれません。しかし実はこの調査、参加国自体がどんどん増え続けており (2000年:32ヵ国、2006年:57ヵ国)、そもそも日本より学力レベルの高かった国が、2000年には参加していなかった、という一面もあるのです。まぁ、それにしたって数学的思考力などは、1位だったものがたった6年で10位となってしまったわけで、2006年に日本より上位だった国のすべてが新規参入国なわけではありませんし、学力が低下している、というのはある程度は客観的な事実なのでしょう。しかし、2009年には

           2000年(32ヵ国中)  2009年(65ヵ国中

総合読解力:  世界   8位     →      8位
数学的思考力:       1位     →      9位
科学的思考力:       2位     →      5位

とだいぶ持ち直しており、総合読解力にいたっては32ヵ国中の8位が、65ヵ国中の8位になったわけですから、むしろ向上しているとさえ言えます。


・・・と、私はまるで学者のように、データを元に子供たちの学力分析をしたいわけではありません。むしろこんな調査などは机上の空論、私は全く信用しておらず、「数字上のデータなんて、どうでもいい!」 とすら思っています。仮に順位が上がっていたとしても、世界全体の学力が落ちていた場合には、それは学力の向上とは言えませんしね。


よって、私はあくまで直接、子ども達と接した上での、自分の経験と感覚をふまえた分析をします。私が見る限り、今の子ども達は、少なくとも “インプット(入力)” の力は、皆、悪くないものを持っています。教科書の内容をよく理解し、必要な知識を身に付けることは、けっこうみんな、よくできているのです。しかし逆に、“アウトプット(出力)” の力は、はっきり言いまして、かなり物足りないと感じます。


極端な例えで簡単に説明すると、「2+3= 」 という問題は誰でもすぐに解けますが、「答えが5になる文章問題を一つ作りなさい」 という問題になると、ほとんどの生徒はしばらく手が止まります。同様に、理科のテストなどで 「どういう結果になるのか説明しなさい」「なぜこの作業をする必要があるのか説明しなさい」 といった問題が出ると、多くの生徒の解答欄は、白紙のままです。

私は授業では理解度の確認のため、私が説明をした後には、生徒から私への同じことの説明をリクエストすることがよくあります。国語の授業では、設問以外にも文章を読んで何を感じたかなどを、生徒に尋ねることがよくあります。そうした中で感じるのは、“理解はできているのだが、その内容を伝えることができない” “文章は捉えられているのだが、その要旨や感想などの表現がうまくできない” という生徒が、非常に多いということです。

私が前出の友人と特に話したのは、「最近の子ども達は、読書感想文の力がかなり落ちている」 というものでした。厳しい表現になりますが、今の中学3年生が書いている感想文の多くは、私が子供の頃ならば、小学生が書いていたような内容のものばかりです。


友達とのメールや、TVゲームからは、アウトプット力はほとんど身に付きません。インターネットなどでせっかく手に入れた情報も、“知っている” だけで満足してしまっては、アウトプット力はなかなか育ちません。


“何かを考えて、誰かに伝える” ことが重要なのです。

陽学舎の生徒のみんなは、自分が観たテレビ番組や漫画などの、感想を語り合ったりしていますか? 良い本を読み、良い映画を観て、その感動を人に伝えたりはしていますか?


誰かから教わる+自分で考える=本当の勉強、です。考える癖と力がつけば、自分の考えを人に伝えたくなるのは、自然な流れです。社会人になって求められるのは、“自分で考えて、新しい何かを生み出すことのできる能力” ですよ。上司の指示内容を理解し、指示通りに完璧に仕事をこなしたとしても、「そんなものできて当たり前だ」 と思われるだけで、それでおしまいです。


みんな苦手・・・ということは、逆に言うとそれを磨くことができれば、そこにチャンスが転がってくるわけです。

子ども達諸君! もっともっとたくさん、いろんなことを考えて、それをどんどん吐き出そうぜ!!



2013年5月9日木曜日

グローバルな人間とは。


しばらく更新をしていない間に、気がつけば5月に入ってしまいました。毎年のことですが、やはりこの時期は温暖で過ごしやすく、4月に変化があった環境にもだいぶ慣れ、緊張感がなくなり、“のんびりモード”に入ってしまう生徒がとても多いです(いわゆる5月病というやつですね)。まぁ、人間の1年のサイクルの内の一つとしては、こんな時期があってもいいかな、というのが私の考えですので、別に 「みなさん5月病に打ち勝ちましょう!」 と強く訴えるつもりはありません。


5月病とも、うまく付き合えばいいと思うのです。のんびりモードにどっぷりと浸かりすぎて、毎日ゆる~い気分で眠くてしかたがない・・・では、もちろんダメです。逆に、5月病には絶対に負けてたまるか!というような熱い意気込みも、なんだか余裕がないように感じて、ちょっと損な気がします(もちろん受験生は除きますよ!)。ウトウトしながら無駄に過ごすわけでも、気合入りまくりで過ごすわけでもなく、暖かくて過ごしやすいこの時期は、ゆったりと有意義に過ごせればいいのでは、と思います。勉強はきちんとしつつ、美しい草花の鑑賞を楽しんだり、たまにはオシャレしてお出かけしたりと・・・。



それでは、私はゴールデンウィークを有意義に過ごせたのかと言いますと、まぁ・・・基本的には家でのんびりしていました。3日に一度くらいは人と会う約束があり、家を出ましたが。それ以外はずっと家におり、家では映画を観たり本を読んだり、がほとんどでした。・・・これで有意義と言えるのかどうかは、なんともいえませんね。

去年のゴールデンウィーク&お盆休みと、完全に一緒です!! どうやら大型連休にはどこにも行かずに、家で映画を観まくる・・・が、すっかり私の定番のスタイルになってしまったようです。本当はまだまだ、行きたい場所はたくさんあるのですが。人込みが苦手な上に、費用面での割高感があるので、いつも結局、行動には移していません。その分、ローシーズンに3~4日でも続いた休みがあれば、私はこれまでも積極的に旅に出ていましたし、今後もそうしようと考えています。


特に海外には、もう3年以上は行っておりませんので、そろそろ欲がたまってきております。大きな旅でなくとも、せめて韓国ぐらいにはサラッと行きたいですね。最近、韓国への日本人旅行客が大幅に減っているそうなので、なんだか寂しいですし。ちなみに私は日本人として、韓国という国に対しては国家レベルでは多少なりとも不満がありますが、韓国人そのものは大好きですし、良き友人もいます。



私はハングルは全く話せませんので、韓国の友人とは英語で話します。そして韓国人の若者たちの英語のレベルは、我々日本人と比べると、正直に言って “はるかに高い” というのが、私の率直な印象です。


ズバリ、日本人は、英語が苦手です。しかし世の中は、産業面でも、情報面でも、世界を意識した目線が必要とされる、いわゆる “グローバル” な時代に変わってきています。そんなわけで日本では、いつか世界を舞台に活躍できるようにとの願いを込めて、産まれてくる子供に“あれん”君や“れいら”ちゃんといった名前をつける親が、だいぶ増えてきているようです。


・・・しかし残念ながら世界では、そんなことは求められていません。日本人っぽい顔をしていても、名前が欧米風では、その人物は日本人ではないと思われます。そして、相手が流暢な英語で話しかけてきた結果、うまく返せない+「私、実は日本人なんです」 という流れがあり、「なんだ日本人か」→「日本人はやはり英語がダメだな」 と、よけいなガッカリをさせてしまうわけです。逆に、「私は日本人です!」 が丸出しの人間には、よくも悪くも英語のレベルはさほど期待されませんから、相手に無駄なガッカリは発生しません。


「だから日本人はもっと英語をマスターするべきだ」・・・と言いたいのではありません! 私たちが本当にグローバルな人種になるためには、変に “形から” 欧米に迎合するのではなく、日本人として、日本の文化や伝統、価値観に誇りを持ち、日本のことをより深く知り、その上で外国人とたくさん接する必要がある、ということです。私は世界を旅する際には、とにかく外国人(現地人)と積極的にコミュニケーションをとりますが、彼らが私に興味を持ってくれるのは、私と言うフィルターを通して、日本という国に興味があるからなのです。



外国のことをたくさん知るのが、すなわちグローバル、ではありません。英語を流暢に話せるようになることも、単純にグローバルというわけでもありません。グローバル化における日本人としての一番重要なファクターとは、実は “日本をより深く理解すること” なのです。



外国に行くと、現地人は私に対して “日本という国から来た人間” であることを期待します。私が英語をうまく話せるかなんて、皆さんたいして気にしていません。「日本ってこんなところだぜ!」 をおもしろおかしく伝えると、みんなが興味を持ってくれ、話が盛り上がります。海外で商売をするとしても、相手にとってはこちらが “日本人である” ことが興味のきっかけになりますし、信頼のポイントにもなります。外国のことをちょっと勉強して、知った気になって、調子に乗って外国人に受けそうなものを作ったとしても、その国で売れる商品を作る能力は、現地人には敵うはずがありません。


韓国の若者が日本の若者よりもだいぶ英語を使いこなせている要因は、もちろん学校教育の質の差もあるのでしょうが、日本人よりも 「祖国の魅力を海外に伝えたい」 という熱が強くある(ように感じます)という一面も、大きいように思われます。



生徒諸君! 君が “世界に羽ばたく人間” になりたければ、「自分は英語が話せないし・・」と弱気になる必要なんてありません。何よりも大切なのは、よりたくさんの “日本” を知り、日本という国(&人)の魅力を世界に伝えようと思う、その気持ちです!!



グローバルな時代だからこそ、あなたの中にある “日本” を磨き上げ、大切にする。なんだかスケールの大きな話になってしまいましたが、たまには世界一周経験者としての一面も、出したくなってしまったのです!!



2013年4月19日金曜日

素晴らしい映画に出会った!


新学期が始まり、最近は生徒たちの学校生活がドタバタしていたようですが、ここ数日は、ようやく落ち着いてきた印象です。しかし近隣の中学校では、来月に修学旅行があるところが多く、中3生はこれからますます盛り上がることでしょう。


先日の決起集会でも話しましたが、中3生の1学期は、とにかく勉強の習慣を確立させることが大切です。さすがに修学旅行先では勉強する時間はないでしょうが、それ以外の通常の日々は、どんな日でも、何があっても、必ず勉強をしましょう。“昨日は5時間勉強したので、その分今日はやらなくてもいいや~” というような、日によって勉強量にバラつきがあることもよくありません。「毎日必ず、最低○時間は勉強する」 という自分ルールを作り、それを守り続けましょう。




さてさて話は変わりまして、今回はまた僕の趣味である映画鑑賞の話ですが、先日、久しぶりにマイ・フェイバリット・リスト入りした作品がありました。カナダの映画で、“人生、ブラボー!” という作品です。



















人生がブラボーというよりも、この映画自体が、サイコーにブラボー(素晴らしい)でした! おそらく当ブログの閲覧者には中学生が多いでしょうから、この映画のあらすじは少々書きづらいのですが・・・(PG12やR15指定の映画ではないですよ)。



主人公のダヴィッドは、仕事はろくにできず、借金まみれで、恋人からも愛想を尽かされるような、とことんダメな中年男。しかしとある理由から、実は彼には533人もの子どもがいる、ということが判明します。


フィクションをリアル目線で考えるのもなんですが、実際にいきなり自分に533人も子どもがいることがわかったとしたら、それはもうどうしようもないですよねぇ・・・。何もできないどころか、どうしたらいいのかさえわからない(笑)。しかしダヴィッドは、、“自分が父親である” ことを隠しながら、その子ども達一人ひとりとの交流を開始します。そして、彼らに起こる様々な問題を、解決しようと努めます。子ども達の中には、プロサッカー選手もいれば、麻薬中毒者もいれば、障害を持つ者もいる。そんな子ども達のことを、彼にできる範囲内ではありますが、彼なりに一生懸命にサポートします。



子ども達は、ダヴィッドが父親であるとは知らずに、まだ見ぬ(と思っている)父親の身元開示を求めて、集団提訴します。それに対してダヴィッドは、子ども達に自分の正体を明かすべきか、と悩みに悩みます。



・・・まぁもちろん全てを書くつもりはないので、映画のストーリー紹介はこのくらいにしますが、僕はこの映画を観始めて、開始10分ほどが経過した時点で、「こいつは大当たりだ!」 と確信しました。それぐらい、魅力的な空気のある映画で、ストーリーにもキャラクターにも、惹きつけられるものがありました。

ダヴィッドと子ども達とのやりとりの中で、この映画を観る者(僕)たちは、彼が持つ素晴らしい魅力に気付きます。嫌な性格の人間が、だんだんと良い心を持つようになる・・・という、よくあるパターンではないですよ。ダヴィッドは本当にダラしのない男ですが、人に対してはいつでも、誰に対しても人一倍優しく、そして誰からも愛される人間なのです。



僕はここで人間をケーキに例え、それを強引に4パターンに分けてみます。

①外のクリーム:おいしい 中のスポンジ:おいしい
②      クリーム:不味い          スポンジ:おいしい
③      クリーム:おいしい        スポンジ:不味い
④      クリーム:不味い          スポンジ:不味い

もちろん、クリームは表面上の人間性(そとづら)、スポンジは内なる人間性(心根)の例えです(説明するのなら、わざわざケーキに例えた意味がありませんが)。


この4つでは、僕が好きなケーキは確実に②です。①は万人受けはするのでしょうが、僕個人としてはあまり好みではありません。逆に一番、避けたいのは③。④は③よりわかりやすいので、僕としては実はけっこう、嫌いじゃなかったりします(変な話ですが)。


昨年の私的ベスト1映画の “最強のふたり” の主人公ドリスもそうでしたが、僕はこのダヴィッドのような、“一見するとダメダメな奴だけれど、心根だけはしっかりしている人間” が大好きなのです。そして自分も、そんな人間になりたい。そのために必要なもの、・・・ダヴィッドやドリスの心の中に確実に存在していたもの・・・それはやはり、

“人間が好き”

という気持ちです。



ダメダメ(表面)を目標にすると言うのはおかしな話かもしれませんが、僕は 「表面をないがしろにしてもいいので、とにかく内面の味を大切にしたい」 と思っているということです。しかし残念ながら、そもそも僕のクリームはクセのある味ですので、その不味さで敬遠してしまい、スポンジまでたどり着いてくれない人が多いようですが・・・。



ちなみにこの映画、たまたまなのか、劇場には観客が僕しかいませんでした。ワーナーマイカル・ユーカリが丘さん、こんな無名の、しかし素晴らしい映画を上映してくれて(儲からないでしょうに)、どうもありがとうございます!



2013年4月15日月曜日

早起きは合格の徳。


陽学舎では、先週末の土曜日に、中学3年生対象の決起集会を開催いたしました。

何の “決起” かというと、それはもちろん、「これから受験勉強をがんばるぞ!!」 という決起です。


集会では、大きく分けて

① 千葉県の公立・私立高校入試のシステムについて
② 公立高校入試に向けての、各教科の分析と効果的な勉強方法
③ 受験生として、この1年間をどう過ごすべきか

という3点を軸にお話をしました。今年は私がずっと話をし、生徒はただ聞き続けるというスタイルをとったため、所々集中が切れてしまっていた生徒が何人かおりましたが、おおむね皆、真剣に話を聞きながら一生懸命にメモをとっていた印象です。その結果、ちゃんと集会に出席した者は欠席した者よりもたくさんの情報を手に入れたわけで、その時点ですでに、受験生としてのスタートがだいぶ違うということになります。


陽学舎のほとんどの中3生は、まだいわゆる “受験勉強” はスタートしておらず、意識レベルでもまだ、“受験生” にはなりきれておりません。実際に決起集会の出席者数は今回は例年よりも少なく、欠席した生徒達に理由を尋ねたところ、 「忘れていた」 「寝てしまった」 等の、残念な答えが返ってきました。



“早起きは三文の徳” ということわざがありますが、受験だって当然、早く目覚めた者が勝ちます。のんびり寝ていて気がついたら冬になってしまい、急に目が覚めて必死に勉強したところで、ずっと走り続けていた者を追い抜けるはずがありません。私は以前は 「遅くとも夏休みからは始めよう」 と言うこともありましたが、それを 「じゃあ夏までは始めなくてもいいんだ」 と捉える生徒が多かったので、その一言は私はもう言わないようにしています。



「今すぐに受験勉強を始める」 のです!! 決起集会では、「とりあえず今すぐに始めるべき科目は、“英語” である」 と具体的に話をしました。さらに、「一学期は必死に勉強するというよりも、勉強習慣・リズムを身体に刷り込ませる時期だ」 とも話しました。受験生たちは、まずはできるだけ早く、気持ちも生活も、すべてを受験モードに切り替えるのです。


そんなことを言うと、プレッシャーを感じてウンザリしてしまい、逆にモチベーションが下がる生徒もいるかもしれませんので、私は一年中 「勉強しよう」 と言い続けるわけではありません。それどころかむしろ、陽学舎でのその圧力は、他塾と比べればずっと小さいと思われます。

しかしその分、こういった “3年生のスタート” “夏休みに突入” “部活が終了” といったキリのいい時期には、「さぁ、 今から受験勉強を始めよう!」 と強く訴えます。陽学舎は生徒たちにとって、普段は “明るく楽しく、気持ちよく勉強できる塾” でありたいと思いますが、生徒が意識を変えるべき大事なタイミングでは、このようにビシッとした厳しさを見せる塾でもあります。



「この問題がわからない」 といった質問はもちろんのことながら、勉強方法や受験の仕組みについての質問も、私はいつでもウェルカムしております。生徒たちは、わからないことがあったら、私にどんどん聞きに来てください!!



君たちはもう、“受験生” になったんだ!!

 一緒に全力でがんばろうぜ!!!


 

2013年4月1日月曜日

またもや結婚式!


桜が満開になりました。しかし今年は春期講習(絶賛開催中!)の期間と被ってしまったため、陽学舎講師陣でのお花見は、今のところ予定されておりません。けれどもせっかくの桜を全く楽しまないのはもったいないと思い、日曜日はレジャーシート片手に近所の公園に行き、愛犬と一緒にまったりと過ごそう・・と考えていたのですが、・・・残念ながら昨日は雨でしたね。



よって昨日は一日中、家でのんびりしました。3月は何かと用事が多く、休日もドタバタしていましたので、久しぶりに何にもない、ダラダラとした一日でした。


僕は元来、“休みの日には休みたい” 性格なのです。まぁ、全く何もないとヒマになるのかもしれませんが、我が家にはかわいい愛犬ルディ君がおりますので、彼と一日中遊べれば、僕はそれで満足なのです。休日にどこかに行ったり、何かをすることが嫌いなわけではないですよ。



というわけで、僕は最近はますます、友人達と疎遠になりました・・・。大学時代の親友の一人や、昔のバイトの仲の良い先輩の一人を除き、他はみんな結婚しちゃいましたしね。先週の土曜日には、先日に引き続き、また僕の旅仲間の一人が結婚しました。今回の新郎(友人)と新婦は、お互いに世界一周の旅をしている間に知り合い、その間に付き合いが始まり、帰国後も関係は続き、そしてこのたびめでたくゴールインしました。


とても素敵な友人たちに囲まれた、とても素敵な結婚式でした。新郎・新婦は、本当に幸せそうでしたね。盛り上がりすぎて、写真を撮るのを忘れましたので、画像はありません・・・。



自由と孤独をこよなく愛する僕ですが、土曜日の “大きな愛” を見た後に、誰とも会わない孤独な日曜日を過ごすというのは、さすがにちょっぴり、虚しさを覚えました・・。

僕は一年以上、独りで世界を放浪していましたが、その話をすると多くの方から、「寂しくなかったの?」 と聞かれます。しかし実は、一人旅というものは、全く孤独感とは無縁なのです。孤独とは、“みんなが盛り上がっているのにその輪に入れない” 際などに感じる相対的なものですから、ハナから独りでいることを前提とする一人旅では、むしろ心が満たされます。



・・・また、旅に出たくなりました。ゴールデン・ウィークは、どこか海外にでも行こうかなぁ・・・。