2013年11月2日土曜日

もっと仲良くしようぜ!!

お久しぶりです! 7月いっぱいでいったんブログの休止を宣言してから、3ヵ月以上が経過してしまいました!! 以前勤務していた学習塾は8月末をもって退職しましたが、実はその後もネット環境が整わないまま、2ヵ月近くを過ごしていたのです。そして先日、ようやくインターネットを復活させましたので、それに合わせてこのたび、ブログも復活した次第です。



8月は学習塾で、毎日ひたすら授業をしていましたので(きっちり有給もとりましたが・・)、特別変わった出来事はなく。といいますか、もう2ヵ月以上も前になりますので、仕事以外に覚えていることがほとんどありません。


その後はスッキリ、“無職”になりましたので、とりあえず久しぶりに旅人モードに回帰しまして、2週間ほど韓国を旅してきました。別に今回は特別、韓国に行きたかったわけではないのですが(過去に何度も行っていますし)。とにかくどこへでもいいから海外へ、“できるだけ安いチケット” で行こうと探しまくったところ、片道5000円の成田→プサンが見つかり、それに飛びついたのです。ディズニーランドより安く海外に連れて行ってくれるとは・・・、恐るべし、LCC。




というわけで、9月の韓国の旅での写真をアップします。



まずは釜山(プサン)の宿で。ふつうゲストハウス(ホステル)というのは外国人の方が多く泊っているもんですが、なぜか僕の泊った宿のお客さんは、たまたま現地の人ばかりでして。よって僕が寝ていたドミトリーも、僕以外が全員韓国人。僕は海外では、“誰とでも仲良くなったろう!” なキャラですので、同部屋のコリアン・ナイスガイ達を皮切りに、宿のスタッフのみなさんや、とにかく出会う人々みんなと絡みまくります。その結果、毎晩のようにこんな感じの飲み会が開催されていました(僕以外、みんな韓国人です)。


大勢(韓国人)対1人(日本人)の状況では、さすがに会話のほとんどは韓国語で、わからないことだらけでしたが、それでもエンジョイ・コミュニケーションはとれるもんです。毎晩深夜まで飲みあかして、くだらないバカ話で盛り上がり、最高に楽しかったです。


意外だったのは、北朝鮮のこと。きょうびの日本では、“北朝鮮は脅威” といった認識がかなり根付き、多かれ少なかれ皆、危機感を抱いている印象ですが、僕と飲んだ韓国の若者たちは、北朝鮮のことなどは “どうでもいい” というスタンスでした。もはや “同じ民族” という意識も、ほとんどないそうです。滅ぶのは勝手だけれど、余計なこと(爆弾を落とすなど)はしてくれるなと、とにかくこのまま無関係のままがいいと、そんな話でした。

逆に、「日本では放射能汚染がとんでもないことになっていて、日本人は気が気じゃないのでは?」 というようなことを言われましたが、それに対する僕の回答は、「みんなあんまり気にしていないけど・・」。実際に、福島の人々ならばまだしも、ほとんどの日本人は気にしていない印象ですし。北朝鮮の問題も放射能の問題も、不思議なもので、当事者よりも隣人の方がよっぽど、心配しているようです。




釜山でしばらく過ごしてからは、北東へ移動し、北朝鮮との国境にある、束草(ソッチョ)という町へ。町自体、いわゆる田舎の港町といった風情でとてもよかったのですが、僕がここに来た目的は雪岳山(ソラクサン)という山に登るため。山の麓には大仏様がデデン!っと陣取っていましたが、韓国の大仏は、まさに日本のそれとそっくりでした。


大仏だけでなく、お寺もそっくりですしね。やっぱり日本と韓国は、切っても切れない深い関係なんだなぁと感じます。政府はケンカばかりしていますがね。

まぁ、そんなこんなで、山の頂上へ。


テェェェー・ハ・ミングッ!! 韓国バンザイ!!!

 ・・とか書いてしまうと、右寄りの人に怒られちゃいそうだな・・・。雪岳山の登山は片道2時間ほどでしたが、終盤になかなか急な絶壁があり、ほどよくハード・しかしアッサリで、とてもよかったです。日本人の観光客は、他に誰もいませんでしたが・・・。




束草で大自然を満喫してからは、首都、ソウルへ。


写真は光化門から、景福宮(王宮)に入ったところです。この写真の後ろの方に見える山にも、登りました。


釜山でもそうでしたが、ソウルはもう何度も訪れているので、観光スポットには特に改めての興味はなく。今回は、なんだか若者の街(日本でいうところの原宿のような)を探訪してみたくなり、毎日そんなエリアをブラブラしていました。しかし韓国にもなかなかオシャレな店が多いもので、韓国人デザイナーの洋服ブランドのレベルも驚くほど高く、ときめいてしまう服がたくさんありましたよ! 無職なので、ギリギリで購入を踏みとどまりましたが・・・。


ソウルの宿の宿泊客は、ほとんどが海外からのバックパッカーでしたが、今度はなぜか女性ばかり。仲良くなった女性の中には、フランス人でムスリム(けっこういるんだそうです)の姉妹がいまして、その姉妹とは毎晩遅くまでトークしていました(ムスリムなので、もちろんお酒はナシ)。彼女たちは韓国だけでなく、日本のこともとても愛していましたし、なんだか尊敬までしてくれていたので、ものすごくうれしかったです。



何度訪れても、韓国という国は、やっぱりいい国です。日本と韓国は、国家レベルでは仲が悪いと言わざるを得ませんが、日本人の僕が韓国を旅して、イヤな思いをしたことは、これまでで一度もありません。僕の価値観の形成元は、自分の体験と感覚がすべてですから、韓国人に対するマイナスの感情は、僕には全くありません。

これは推測ですが、韓国の人が日本に旅行をしても、きっと同じように「日本人って、思ったよりもいい人たちだな」と感じると思います。ネットの社会などではヒドい悪口だらけですが、僕の周りには韓国人を嫌っている人間は、一人もいませんし。ネットでの韓国バッシングは、決してマジョリティではないはずです。韓国 “政府” には、僕も腹が立つことが多いですが。



日本人と韓国人は、もっとお互いを理解し合い、もっともっと仲良くなれるはずです!! 首相が靖国を公式に参拝したり、大統領が竹島に上陸したり、どちらの国でも、権力者たちが民族対立を政治利用し、国民を騙しています。そんなくだらないフェイクに、僕らが振り回されてしまってはダメです!! 僕は僕の信念で、日本と韓国の間には素晴らしい未来があると、そう確信しています!!!



2013年7月31日水曜日

ありがとうございました!!


前回のブログにて皆さまにお知らせさせていただきましたが、私はこの8月末をもっての陽学舎からの退職が、決定しております。それに伴い、当ブログは “教室長の中園拓朗” としての更新は、今回が最後となります。なお、陽学舎と当ブログならびに井田前教室長ブログとのリンクの削除は、本日HP製作会社に依頼したばかりですので、あと一週間ほどはかかるかと思います。


今月上旬の夏期保護者面談にて、私の退職はご父兄の皆さまに報告させていただきましたが、途中、やむを得ない事情により報告をストップさせていただいていた期間がございます。よってその間に面談にいらしていただいた方には、私はその旨を直接お伝えすることができておりません。失礼をいたしまして、誠に申しわけありませんでした。




私が、東京の三鷹で初めて塾の講師の職に就いたのは、2003年の11月のことです。それから生まれ育った千葉に出戻り、2007年の12月からは、ここ佐倉市の陽学舎個別スクールに所属して教鞭を握っておりました。途中、世界一周の旅に出るなどしたため、2年ほどの空白期間がありますが、単純に2003年から数えますと、私が塾の講師になってからは、およそ10年の月日が流れたことになります。


直接の退職報告をさせていただいた皆さまからは、たくさんのありがたいお言葉をいただきました。ご父兄の皆さまだけでなく、かわいく、たくましく育った多くの生徒たちからも、私の退職をたくさん惜しんでいただきました。もうみんなの勉強をサポートできないことは、私としても非常に残念です。これからも生徒みんなの未来のために、みんなに勉強の楽しさを伝えるために、全力で仕事をがんばり続けたかったのですが・・・。



皆さまからいただいた、あたたかいお言葉の数々は、私は一生忘れません。何名かの生徒からいただいた、お手紙や絵の数々も、私は一生大切にします。皆さまからそう言っていただき、そう惜しんでいただけたことで、「私のこの10年は、素晴らしいものだった!」 と、私は誇りに思うことができました。



陽学舎の夏期講習は、もちろんまだまだ終わっていません。ではなぜ当ブログの最終更新を8月末の退職のタイミングに合わせなかったのかといいますと、単純にこれから1ヵ月間は、授業のみに集中しようと考えたからです。よって今後、陽学舎とのリンクが剥がれた後も、8月いっぱいは、当ブログの更新の予定はありません。9月以降はしばらくはヒマになりますので、また大好きな映画や旅の話などを、マイペースに更新させていただこうと考えています(よかったら寄ってみてください)。


陽学舎の生徒たち! ご父兄の皆さま! これまでどうもありがとうございました!! 一緒に汗を流した(?)講師の皆も、これまでどうもありがとう!! 陽学舎に関係なくても、当ブログを一度でも読んでいただいたことのある方(いるのでしょうか?)、どうもありがとうございます!!



中園拓朗は、これからの人生も “自由に・楽しく・自分らしく”、全力で駆け抜けます!


とりあえずの、一区切りです。皆さま、またお会いしましょう!!
これまで本当に、ありがとうございました!!!



2013年7月20日土曜日

さぁ、夏期講習!!


ブログの更新が滞ったまま、1ヵ月以上が経ってしまいました。先月は特別忙しいというわけではありませんでしたが、出来事としていろいろなことがあり、なかなかブログを書ける状態ではなく・・・。そしてそのまま、多忙の7月に突入しまして、気がつけばこんな時期になってしまいました。・・・どうもすみません。


しかし本日先ほど、夏期講習の準備がすべて完了いたしまして、生徒たち皆さまの時間割を、ただ今絶賛FAX送信中です!! 今年もたくさんの方にお申込みいただき、とても嬉しく思っています。どうもありがとうございました。




さて久しぶりのブログ、今日は私の “価値観” を、皆さまにご紹介させていただこうと思います。私は人からよく 「変わっている」 と言われますが、私自身、自分は変わっていると自覚しておりますので、きっと本当に変わっているのでしょう(笑)。


大前提として、私は超がつくほどの個人主義です。例えば友人たち10人でラーメンを食べに行ったとして、私以外の9人が同じラーメンを注文したとしても、私が「チャーハンのほうがおいしそうだな」と思えば、私ひとりだけチャーハンを注文します。私には “みんなと同じ行動をしなければ” という感覚は微塵もなく、“周りはこう言っている” にも興味はありません。悩みを人に相談することもなく、自分のことは、完全に自分で決めます。


自分がそんな性格なのに、相手にだけ同調を求めるようなことはありませんので、私は周りの人間に対しても、“自分で好きなように考えて、好きなように決定してほしい” と考えています。もちろん、これは友人などに対する話でありまして、塾で生徒からアドバイスを求められた際には、私の経験や知識をふまえ、私なりの助言はきちんとします。しかし逆に、私の助言に反するような意見も、他の方からどんどん聞いてほしいと思います。その結果、どの助言を採用するかは、その生徒が自分で考え、自分で決定するべきだと思います。


私は個人主義な家庭に育ちましたし、これまでチームスポーツのきちんとした経験もありませんので、“みんなで力を合わせて” の魅力を知らずに育ってしまったのかもしれません。私は2年前にはしばしば東北へ瓦礫撤去のボランティアをしに行っていましたが、そこでの “みんな仲間だ!” という空気には全く馴染めず、特に “絆” 感が丸出しのボランティアとは、完全に距離を置いていました。私は単純に、困っている人がたくさんいるからという理由で、東北へ通っていただけです。


そんな私の価値観は、事実上完成されてしまっておりますので、おそらくもう、死ぬまで変わりません。よって、私がどこかの組織に所属して、そこでの上司と私との倫理観や正義感、さらには “何のために働くのか” の価値観が違う場合には、私は自分自身をごまかして上司に合わせる、ということは全くしません。私は私の考えで、その組織の発展を目指し、私なりに精一杯の仕事をします。




陽学舎では7月より、夏期の保護者面談を開催しました。その際にほとんどの方にお伝えしたことですので、すでにご存じの方もたくさんおりますが、実は私は1ヵ月後の8月末をもって、陽学舎から身を引くことが決定いたしました。理由は話せば長くなりますが、ざっくりと言えば、私と塾長の根本的な価値観の違いが、一番の要因です。私としても、少なくともこのような中途半端なタイミングではなく、せめて高校受験の終わる2月までは継続したいと考えていたのですが。誠に遺憾ながら、そのような運びとあいなりました。


生徒の皆さま、特に受験生の皆さまには、たいへんなご迷惑をおかけすることになるかと思います。本当に、申しわけありません。私の後任には、小林悠樹という者が教室長を務めさせていただきます。小林には業務上の引き継ぎはもちろんのこと、仕事における私の考え方や、生徒たちの未来をいかに大切にするべきか、といったメッセージをたくさん伝えておりますので、きっとがんばってくれるだろうと思います。小林はまだまだ経験が不足しているものの、熱のある、信頼のおける人間ですので、皆さま今後とも陽学舎個別スクールを、どうぞよろしくお願いいたします。


というわけで、当ブログ、ならびに井田前教室長のブログは、今月末をもって、陽学舎個別スクール・ホームページからのリンクを剥がさせていただきます。当ブログ自体は、私自身、有意義な気持ちで書かせていただいておりましたし、定期的に読んでいただいている方もいらっしゃるようですので(いつも、どうもありがとうございます)、今後も継続をしたいと考えています(さすがにタイトルは変更しますが)。


私は8月末をもって退職いたしますが、それまでの間は、私にできる限りの最高の授業をし、とにかく生徒の成績の向上のために、努める所存です。また、生徒によっては私の世界一周の旅の話などを楽しみにしてくれていましたので、そのようなリクエストにも、最大限お答えしたいと考えています(もちろん勉強をないがしろにはしません!)。


本当に、どうもすみません! 夏期講習を、最後までがんばります!!!



2013年6月7日金曜日

“親vs子” を理解する映画。


今日も気持ちの良い青空で、すっかり暑いです。関東地方では先月末に梅雨入りが宣言されたというのに、梅雨の空はどこかへ行ってしまったようですね・・・。正式発表にはなっていませんが、どうやら先月末のしとしと雨は、梅雨ではなかったようです (梅雨のはしり、というそうです)。



もちろん陽学舎は、天気など全く無関係。毎日元気よく、授業をしています! 生徒たちは4月に学年が変わり、5月には修学旅行があったりでドタバタしていましたが、気がつけばもう、テストのシーズンです (南中に至っては、もう終わってしまいました)!! 今年の近隣中学校の第一回定期テストは、中学校ごとの日程がまるで違く、5月末~6月は毎週末にどこかの中学校でテストがある、といった状況です。


以前からしつこいほどに言っておりますが、受験生は “学校の定期テスト=私立入試” です。本当に、驚くほどに、内申点(通知表の成績)だけで合格がほぼ100%決まります。私立高校が第一志望の生徒はもちろんのことながら、たとえ滑り止めであっても私立校への受験を検討している者は、とにかく必死になって、ひたすらに勉強しましょう!! これが高校受験への最初の加速ポイントです! ここで一気にスピードに乗って、そのまま受験を走り切るのです!!!




さて話は変わりまして、僕は家では相変わらず映画ばかりを観ている毎日ですが、先日、なかなか魅力的な作品に出会いました。

“ローラーガールズ・ダイアリー” という、2010年公開のアメリカ映画です。



















僕は当ブログでは、普段は “僕が観ておもしろかった映画” を取り上げていますが、この映画はどちらかというと、陽学舎に通う生徒たちや、そのご家族の皆さまに観ていただきたいと、強く思った作品です。


ストーリーは王道といえば王道でして、17歳の少女がローラーゲーム(ローラースケートを履いて競争し、得点を競う、チームスポーツ)に出会い、その魅力にハマり、トレーニングを重ねながら、人間的にも大きく成長していくという物語です。ローラーゲームというスポーツは僕は初めて知りましたが、単純にそのスポーツ自体、観ていて非常にエキサイティングで楽しいものでした。スポーツとはいうもののどこかプロレス的な要素があり、乱闘があるわ、ノリノリの実況がいるわで。個々の選手にはリングネームのような名前がついていて、それらをひっくるめてエンタメとして、とても面白かったです(主人公のスケートネームは、ベイブ・ルースレスです(笑))。


この映画で特に素晴らしいのは、主人公の心の成長と、両親との関係を、非常に丁寧に描いているところです。主人公はまさに思春期の真っただ中におり、心は自分の未来に対する期待と不安と責任とが入り混じって、いっぱいいっぱい。“もうすぐ大人になってしまう” という現実と、必死に戦っています。対して彼女の両親は、自分たちの過去の失敗を娘にはさせたくないという思いから、娘の行動にとやかく口を挟み、両親にとっての “理想の娘” であることを強要します。


・・・リアルです。僕が陽学舎の教室長になってから、たくさんの生徒たちやそのご両親と接してきましたが、この映画のこのようなご家庭は、たくさん見てきた気がします。


思春期の子ども達の 「私は親の持ち物じゃない!」 も、その親の 「こうしないと幸せになれないわよ!」 は、僕はどちらも正解だと考えますし、どちらも否定するようなものではありません。僕が子供の頃、僕の両親はあまり自分の考えを押し付けるようなことはありませんでしたが、それでもたまに 「あぁしろ、こうしろ」 と言われたときには、僕も強く反発していました。しかし今になって考えると、親が僕に言っていたことはほとんどが正解でしたし、的確なアドバイスだったと思います。


しかし 「だから子ども達は、親に言われた通りに生きよう」 とは、僕は全く考えません。むしろどんどん、反発してもいいと思います。親の考えに反することをたくさんやって、たくさん失敗して、とことん失敗を重ねてから、親の正しさに気付く。成長とは、そういうものだと思います。


ここで言う親への反発とは、親「勉強しなさい!」、子「や~らない !!」というケースとは違いますよ。それは子ども側の甘えであり、ただの怠慢です。この映画では親の「女の子らしくしなさい」「ローラーゲームなんて不良の遊びよ」に対して、子の反発は 「私が楽しいと思うことをして、何が悪いの!?」 というものです (勉強はちゃんとしてます)。しかし、主人公の少女は反発しながらも、親の気持ちもよく考えており、理解がないわけではありません。親は親で、楽しそうにスケートする娘の姿を見て、娘の楽しみを奪うべきなのか・・・という葛藤があります。


結局この両親が選んだ判断、そしてそのご褒美のように、母親のもとに降りかかった感動。親と子の、普遍的な問題をリアルに切り取った、素晴らしい映画です。

この映画を観れば、子どもはきっと 「少しは親の言うことを聞こうかな」 という気持ちになりますし、ご両親は 「子どもが言うことを聞かなくても、楽しそうに一生懸命に生きているのなら、それを応援しようか」 という気持ちになります。

ぜひ、皆さまにも観ていただきたいです。



2013年5月31日金曜日

人、それぞれ。


最近、当ブログは更新頻度が少なくなった代わりに、一つ一つのエントリーがかなりの長文になってしまっております (どうもすみません)。週1ペースでの更新は守りたいと思っているのですが、書き始めるとなんだかんだで熱が入ってしまい、なかなか書き終わらせることができないのです。というわけで今回、たまには気楽に、書き記そうと思います。



先日、インターネットをウロウロしておりましたら、とあるサイトで、“お風呂のバスタオルは毎回替えるか?” という議論で盛り上がっていました。まぁ、その議題自体は実にくだらないものだと私は思ったのですが、そのサイトではけっこう、ケンカに近い過激なやりとりが行われていました。



私は独り暮らしですので、毎日洗濯をするような余裕も必然性もなく、洗濯はおおよそ週に一度、一週間分をまとめて洗います。バスタオルもその際に洗濯機に突っ込むので、要するに私は同じバスタオルを、だいたい一週間は使い続けています。


ちょっと興味を持ったので、さらにネットを彷徨ってみたのですが、この“日本人のバスタオル交換の頻度”、いろいろなサイトの統計 (とっているんですねぇ・・) をざっくりとまとめると、だいたい

毎回                   40%
2~3回は使う             20%
一週間くらい使う            30% 
もっと使う (気が向いたら洗う)    10%

といった感じでした。ほとんどのサイトで、「毎回替える」 の割合が一番多いという結果でしたが、「複数回使う」 グループをすべて足せば、「毎回替える」 を越えています。

ちなみに外国で一番多いのは、「一週間くらい使う」 のようです。私の海外経験としても、実際に日本以外の国の人が、バスタオルをしょっちゅう替えていたような印象は、あまりありません。


・・・と、ここまで調べ&語った上でなんですが、僕はこんなもの、別にどっちだっていいと思うのです。前出のネットサイトでは、“毎回替える派” の人は “複数回使う派”の人に、「不潔だ!」「ありえない !!」「気持ち悪い !!!」 と、言いたい放題。対して “複数回使う派” の人は、「潔癖症か !?」「水の無駄だ !!」「バスタオルのレベルで汚いってぇのなら、枕カバーやシーツも当然毎日替えてんだろうな !?」 という応酬。・・・う~ん、どっちもどっちだなぁ。


衛生観念や生活スタイルなんて、人間みんな違うのですから、他人が口を出すものではないと思うのです。何時に寝たって、何を食べたって、何を着たって、本人がそれを選んだのならば、それでいいじゃないですか。

人は、それぞれ。「私はこう考えるので、こうします」 で、おおいに結構! 「まわりに合わせよう」 な生き方では、つまんないですよ!! みなさん自信を持って、自分のスタイルを貫き通しましょう!!



2013年5月28日火曜日

子ども達の学力。


まぁまぁ暑いです。あっという間に、夏が近づいてきました。以前にもこちらに書きましたが、私は夏よりも冬の方が好きなため、あまり夏が待ち遠しくはありません・・・。家にはクーラーがないですし。愛犬と遊ぶのも暑苦しくなりますし。



さて今回は、私が率直に感じている現在の子ども達(小学生~中学生)の、学力についての話をします。この “子ども達” とは、陽学舎に通っている生徒だけに限った話ではなく、今現在の子ども世代、全体に通じる話です。


私が先日のゴールデンウィーク中に会った友人の内の一人は、今は小学校で先生をしています。私は塾講師、彼は小学校の教師、共に教育に携わる者として、この “今の子ども達” 論は、そこで非常に盛り上がった話題でした。そして、私と彼の、お互いの意見、お互いが普段から感じている “今の子ども達の現状” は、だいたいが共通しておりました。よって、私が捉える現代の子ども達像は、おそらくはさほどズレのないものかと思いますので(たった二人の意見が一致しただけですが)、それを今回書き記そうと思います。



巷では “最近の子ども達は学力が低下している” とよく耳にしますが、まずはっきり言いたいのは、“それは捉え方による” ということです。

皆さんは、PISA (学習到達度調査) というものをご存じでしょうか? こちらは世界中の子ども達 (15歳) を対象に3年に一度開催され、国ごとの学力を調査するためのペーパーテストでして、その結果はもちろん公表され、要はこれによって “世界のどの国の子ども達が、頭がいいのか” が、はっきりとわかります。


そのPISAの調査結果の、日本の順位の推移は、

           2000年    20003年    2006年 

総合読解力:  世界 8位  →   14位  →  15位 
数学的思考力:     1位  →    6位  →  10位
科学的思考力:     2位  →    2位  →   6位

とあり、明らかに低下している・・・と、データを見る限りはそう感じるかもしれません。しかし実はこの調査、参加国自体がどんどん増え続けており (2000年:32ヵ国、2006年:57ヵ国)、そもそも日本より学力レベルの高かった国が、2000年には参加していなかった、という一面もあるのです。まぁ、それにしたって数学的思考力などは、1位だったものがたった6年で10位となってしまったわけで、2006年に日本より上位だった国のすべてが新規参入国なわけではありませんし、学力が低下している、というのはある程度は客観的な事実なのでしょう。しかし、2009年には

           2000年(32ヵ国中)  2009年(65ヵ国中

総合読解力:  世界   8位     →      8位
数学的思考力:       1位     →      9位
科学的思考力:       2位     →      5位

とだいぶ持ち直しており、総合読解力にいたっては32ヵ国中の8位が、65ヵ国中の8位になったわけですから、むしろ向上しているとさえ言えます。


・・・と、私はまるで学者のように、データを元に子供たちの学力分析をしたいわけではありません。むしろこんな調査などは机上の空論、私は全く信用しておらず、「数字上のデータなんて、どうでもいい!」 とすら思っています。仮に順位が上がっていたとしても、世界全体の学力が落ちていた場合には、それは学力の向上とは言えませんしね。


よって、私はあくまで直接、子ども達と接した上での、自分の経験と感覚をふまえた分析をします。私が見る限り、今の子ども達は、少なくとも “インプット(入力)” の力は、皆、悪くないものを持っています。教科書の内容をよく理解し、必要な知識を身に付けることは、けっこうみんな、よくできているのです。しかし逆に、“アウトプット(出力)” の力は、はっきり言いまして、かなり物足りないと感じます。


極端な例えで簡単に説明すると、「2+3= 」 という問題は誰でもすぐに解けますが、「答えが5になる文章問題を一つ作りなさい」 という問題になると、ほとんどの生徒はしばらく手が止まります。同様に、理科のテストなどで 「どういう結果になるのか説明しなさい」「なぜこの作業をする必要があるのか説明しなさい」 といった問題が出ると、多くの生徒の解答欄は、白紙のままです。

私は授業では理解度の確認のため、私が説明をした後には、生徒から私への同じことの説明をリクエストすることがよくあります。国語の授業では、設問以外にも文章を読んで何を感じたかなどを、生徒に尋ねることがよくあります。そうした中で感じるのは、“理解はできているのだが、その内容を伝えることができない” “文章は捉えられているのだが、その要旨や感想などの表現がうまくできない” という生徒が、非常に多いということです。

私が前出の友人と特に話したのは、「最近の子ども達は、読書感想文の力がかなり落ちている」 というものでした。厳しい表現になりますが、今の中学3年生が書いている感想文の多くは、私が子供の頃ならば、小学生が書いていたような内容のものばかりです。


友達とのメールや、TVゲームからは、アウトプット力はほとんど身に付きません。インターネットなどでせっかく手に入れた情報も、“知っている” だけで満足してしまっては、アウトプット力はなかなか育ちません。


“何かを考えて、誰かに伝える” ことが重要なのです。

陽学舎の生徒のみんなは、自分が観たテレビ番組や漫画などの、感想を語り合ったりしていますか? 良い本を読み、良い映画を観て、その感動を人に伝えたりはしていますか?


誰かから教わる+自分で考える=本当の勉強、です。考える癖と力がつけば、自分の考えを人に伝えたくなるのは、自然な流れです。社会人になって求められるのは、“自分で考えて、新しい何かを生み出すことのできる能力” ですよ。上司の指示内容を理解し、指示通りに完璧に仕事をこなしたとしても、「そんなものできて当たり前だ」 と思われるだけで、それでおしまいです。


みんな苦手・・・ということは、逆に言うとそれを磨くことができれば、そこにチャンスが転がってくるわけです。

子ども達諸君! もっともっとたくさん、いろんなことを考えて、それをどんどん吐き出そうぜ!!



2013年5月9日木曜日

グローバルな人間とは。


しばらく更新をしていない間に、気がつけば5月に入ってしまいました。毎年のことですが、やはりこの時期は温暖で過ごしやすく、4月に変化があった環境にもだいぶ慣れ、緊張感がなくなり、“のんびりモード”に入ってしまう生徒がとても多いです(いわゆる5月病というやつですね)。まぁ、人間の1年のサイクルの内の一つとしては、こんな時期があってもいいかな、というのが私の考えですので、別に 「みなさん5月病に打ち勝ちましょう!」 と強く訴えるつもりはありません。


5月病とも、うまく付き合えばいいと思うのです。のんびりモードにどっぷりと浸かりすぎて、毎日ゆる~い気分で眠くてしかたがない・・・では、もちろんダメです。逆に、5月病には絶対に負けてたまるか!というような熱い意気込みも、なんだか余裕がないように感じて、ちょっと損な気がします(もちろん受験生は除きますよ!)。ウトウトしながら無駄に過ごすわけでも、気合入りまくりで過ごすわけでもなく、暖かくて過ごしやすいこの時期は、ゆったりと有意義に過ごせればいいのでは、と思います。勉強はきちんとしつつ、美しい草花の鑑賞を楽しんだり、たまにはオシャレしてお出かけしたりと・・・。



それでは、私はゴールデンウィークを有意義に過ごせたのかと言いますと、まぁ・・・基本的には家でのんびりしていました。3日に一度くらいは人と会う約束があり、家を出ましたが。それ以外はずっと家におり、家では映画を観たり本を読んだり、がほとんどでした。・・・これで有意義と言えるのかどうかは、なんともいえませんね。

去年のゴールデンウィーク&お盆休みと、完全に一緒です!! どうやら大型連休にはどこにも行かずに、家で映画を観まくる・・・が、すっかり私の定番のスタイルになってしまったようです。本当はまだまだ、行きたい場所はたくさんあるのですが。人込みが苦手な上に、費用面での割高感があるので、いつも結局、行動には移していません。その分、ローシーズンに3~4日でも続いた休みがあれば、私はこれまでも積極的に旅に出ていましたし、今後もそうしようと考えています。


特に海外には、もう3年以上は行っておりませんので、そろそろ欲がたまってきております。大きな旅でなくとも、せめて韓国ぐらいにはサラッと行きたいですね。最近、韓国への日本人旅行客が大幅に減っているそうなので、なんだか寂しいですし。ちなみに私は日本人として、韓国という国に対しては国家レベルでは多少なりとも不満がありますが、韓国人そのものは大好きですし、良き友人もいます。



私はハングルは全く話せませんので、韓国の友人とは英語で話します。そして韓国人の若者たちの英語のレベルは、我々日本人と比べると、正直に言って “はるかに高い” というのが、私の率直な印象です。


ズバリ、日本人は、英語が苦手です。しかし世の中は、産業面でも、情報面でも、世界を意識した目線が必要とされる、いわゆる “グローバル” な時代に変わってきています。そんなわけで日本では、いつか世界を舞台に活躍できるようにとの願いを込めて、産まれてくる子供に“あれん”君や“れいら”ちゃんといった名前をつける親が、だいぶ増えてきているようです。


・・・しかし残念ながら世界では、そんなことは求められていません。日本人っぽい顔をしていても、名前が欧米風では、その人物は日本人ではないと思われます。そして、相手が流暢な英語で話しかけてきた結果、うまく返せない+「私、実は日本人なんです」 という流れがあり、「なんだ日本人か」→「日本人はやはり英語がダメだな」 と、よけいなガッカリをさせてしまうわけです。逆に、「私は日本人です!」 が丸出しの人間には、よくも悪くも英語のレベルはさほど期待されませんから、相手に無駄なガッカリは発生しません。


「だから日本人はもっと英語をマスターするべきだ」・・・と言いたいのではありません! 私たちが本当にグローバルな人種になるためには、変に “形から” 欧米に迎合するのではなく、日本人として、日本の文化や伝統、価値観に誇りを持ち、日本のことをより深く知り、その上で外国人とたくさん接する必要がある、ということです。私は世界を旅する際には、とにかく外国人(現地人)と積極的にコミュニケーションをとりますが、彼らが私に興味を持ってくれるのは、私と言うフィルターを通して、日本という国に興味があるからなのです。



外国のことをたくさん知るのが、すなわちグローバル、ではありません。英語を流暢に話せるようになることも、単純にグローバルというわけでもありません。グローバル化における日本人としての一番重要なファクターとは、実は “日本をより深く理解すること” なのです。



外国に行くと、現地人は私に対して “日本という国から来た人間” であることを期待します。私が英語をうまく話せるかなんて、皆さんたいして気にしていません。「日本ってこんなところだぜ!」 をおもしろおかしく伝えると、みんなが興味を持ってくれ、話が盛り上がります。海外で商売をするとしても、相手にとってはこちらが “日本人である” ことが興味のきっかけになりますし、信頼のポイントにもなります。外国のことをちょっと勉強して、知った気になって、調子に乗って外国人に受けそうなものを作ったとしても、その国で売れる商品を作る能力は、現地人には敵うはずがありません。


韓国の若者が日本の若者よりもだいぶ英語を使いこなせている要因は、もちろん学校教育の質の差もあるのでしょうが、日本人よりも 「祖国の魅力を海外に伝えたい」 という熱が強くある(ように感じます)という一面も、大きいように思われます。



生徒諸君! 君が “世界に羽ばたく人間” になりたければ、「自分は英語が話せないし・・」と弱気になる必要なんてありません。何よりも大切なのは、よりたくさんの “日本” を知り、日本という国(&人)の魅力を世界に伝えようと思う、その気持ちです!!



グローバルな時代だからこそ、あなたの中にある “日本” を磨き上げ、大切にする。なんだかスケールの大きな話になってしまいましたが、たまには世界一周経験者としての一面も、出したくなってしまったのです!!