2012年10月19日金曜日

唄うって、気持ちいい。


しばらくブログを更新しない間に、すっかり寒くなってしまいました。上着なしではもう、外に出られませんね。やはり秋は短く、アッという間に冬になってしまうのでしょう。



さてこの2週間、私の周りに起きた出来事といえば・・・う~ん、大きなのは特にありませんね・・・。秋の夜長とは言い得て妙で、実際に夜が涼しく過ごしやすいこの季節、私は家ではひたすら、映画鑑賞と読書に耽っております。



ちなみに今日は、臼井中学校の合唱祭があったので、参観に行ってきました。体育祭も臼井中に行きましたので、まるで私は臼井中の生徒ばかりを贔屓しているようですが、それはスケジュールの都合でそうなっただけで、たまたまです。臼井西中のみなさん、先週は観に行けず、どうもすみませんでした。


歌を唄う生徒たちはとても真剣で(当たり前ですが)、緊張も混じり、皆、塾で見るのとは全く違う表情をしていました。そして各クラス、がんばって練習していたのがよくわかり、甲乙つけがたい素晴らしい合唱でした。やはり生徒たちが一生懸命に何かに取り組む姿は、見ていてとても気持ちが良いですね。















しかし今回の合唱祭、私には知っている曲がほとんどありませんでした。私が中学生の頃は、いわゆる “昭和の歌謡曲” といった選曲ばかりだったのですが。そして不思議なもので、自分が唄った歌よりも、なぜか他のクラスが唄っていた歌の方を、よく覚えています。“冬が来る前に” や “あの素晴らしい愛をもう一度” などですね。それらは今でも、アカペラで唄えます。


そういえば、中学校ではいまだに “大地讃頌” を唄うのでしょうか? 中学生当時、私はあの歌を校歌よりもさんざん唄わされましたので、良くも悪くも強烈に記憶に残っています。というわけで久しぶりに聴きたくなったので先ほどyou tubeで検索しましたが、それがたったの3分強だったことに今、たいへん驚いています!


決して嫌いな曲ではないのですがね。10分くらいはあると思っていました・・・。何度も何度も繰り返し練習させられたせいか、いつの間にか曲自体が “長くてうんざり”、な印象になっていたようです。



2012年10月5日金曜日

井田先生と私。


本日、臼井西中学校のテストが終わり、これで近隣のすべての中学校の第二回定期テストが終了いたしました。臼井中はまだ順位は出ていませんが、今回は点数が伸びた生徒が非常に多く、がんばっている生徒にはきちんと結果が伴い出してきた、という印象です。



さて、私のこのブログ、気がつけば開始から7ヵ月が経過していましたが、その間まったく代わり映えのなかった陽学舎講師陣ブログラインナップに、本日より井田 前教室長が加わることになりました。
井田前教室長のブログ “さぁ、自由時間だぜ!”



井田先生のことは、現在陽学舎に在籍中の生徒はほとんどの者が知っておりますが、ここ数ヵ月の間に入塾した生徒たちにとっては初めて聞く名前かもしれませんので、ここで改めて説明をさせていただきます。



実は私は今年の3月から陽学舎個別スクールの教室長をさせていただいておりまして、その前、今年の2月まではこの井田教室長のもと、主任講師として井田先生の業務のサポートをしながら、授業に携わってきました。今は私は教室長として、基本的には井田前教室長の業務をそのまま引き継いでおりますので、いわば井田先生は私の元上司であるとともに、目指すべき存在なわけです。もちろん私なりの変化や差異は加えていますので、そっくりそのまま井田先生と同じことをしているわけではありませんが。


井田先生は生徒には全く伝えなかったようですが、先生が陽学舎を退職した理由は、実は “夢を叶えるため” でして、その夢とは “南国の島で暮らす” ことです。そしてその宣言通り、先生は今は遠く、鹿児島県は奄美大島に渡り、奥さんと二人の子どもたちと共に、幸せに暮らしています。


井田先生と私は、善き友人でもあります(怒られちゃうかもしれませんが)。陽学舎では毎日の授業は21時半ですべて終わり、それから終礼があって講師陣の帰りは22時頃になりますが、その後は井田先生と私だけの空間でして、毎日二人でいろいろな話をしました。 たいていは23時過ぎまで、遅いときには私の終電の時間まで、仕事をしながら二人でひたすら、語りまくっていました。

会話の内容はもちろん塾のこと、生徒たちや講師陣についてが中心でしたが、時には政治や経済等の、現代社会が抱える諸問題についての意見を交わしたり、スポーツや恋の話をしたりと、毎日話しているというのに一切、話題は尽きませんでした。


要は私にとってのあの終礼後の2時間は、“日曜日の二度寝” のように、至極の喜びだったわけです。井田先生はとにかく博識で、私も負けじとそれに対抗していた節もあり、お互いに知っている知識をぶつけ合う、気持ちのいい関係でもありました。



だからこそもちろん、井田先生が退職しその空間がなくなったことは、私にはとても残念なのですが、先生の退職自体は、私は賛成いたしました。私も旅人気質な性格ですので、井田先生のようなスケールの大きな “人生の次の一歩” を踏み出すことは、素晴らしいと思うからです。



というわけで、今回井田先生がブログ集に加わることは、下手をすると誰よりも私が一番、楽しみにしているのです。実は先生のブログ自体は少し前から始まっておりまして、私はすでに見ておりましたが。



これからは、井田先生をご存じの生徒やそのご父兄はもちろん、ご存じでない方々にも、私が尊敬する “井田陽平” という男の奄美大島での生活ぶりを、ぜひ覗いてみていただければ、と思います。